日本生理心理学会
理事長挨拶
日本生理心理学会 理事長
大平 英樹(名古屋大学大学院情報学研究科)

2025年5月の総会で理事長を拝命して以来、この挨拶を書くまでに思いのほか長い時間を要してしまいました。学会運営の引継ぎに伴う多忙という言い訳もありますが、それ以上に、私自身の日本生理心理学会への思い入れが強く、言葉を選ぶのに慎重になっていたためです。少しばかり個人的なことを交えつつ、ご挨拶に代えさせていただければ幸いです。
本学会にとって私は、研究者としての教育において生理心理学を専門としていない、初めての理事長だと思います。大学院までは社会心理学を専攻していましたが、人間の心をより確かな実体に基づいて理解したいという思いから、生理心理学へと道を転じました。心の働きを、行動の記述のみでなく、生物学的な根拠に基づいて捉えることに魅力を感じたからです。
当時の私は、生理心理学に関しては全くの素人でした。しかし、日本生理心理学会は、温かく受け入れてくれました。この学会の大会には、いつ参加しても新しい学びがあり、会場を後にすると「早く実験がしたい」という気持ちが湧いたものです。私のささやかな研究歴において、この学会は最も重要な場であり続けています。
30年前に抱いた生理心理学への期待は、半ばは叶えられました。生理心理学は再現性が高く、得られる知見は頑健であり、行動指標のみでは到達できない豊かな示唆を与えてくれます。しかし同時に、人間の心や行動を十全に理解するという課題は、なお途上にあると痛感しています。
現在、生理心理学のみならず、心理学全体が危機的状況にあると指摘されています。認知科学や神経科学などの巨大な隣接領域に吸収されてしまうのでは、という危惧も語られています。その中で、私たちのこの小規模な学会は、存在意義そのものを問われているとも言えます。すぐに革新的な解決策を示すことは、容易ではないでしょう。結局、私たちにできることは、そしてなすべきことは、連綿と受け継がれてきた生理心理学の学理を保ち、それに少し書き加えて、次の世代に伝えることではないかと思います。
私は、日本生理心理学会が「小さいけれど、美しい知のサンクチュアリ」であり続けることを願っています。幸いなことに本学会には、素晴らしい先達によって自由闊達な雰囲気が育まれ、若手研究者や、かつての私のような門外漢をも温かく受け入れる文化があります。私は、この文化を維持し、さらに発展させていきたいと願っています。会員の皆さま、どうか力をお貸しくださいますよう、よろしくお願いいたします。

日本生理心理学会について
日本生理心理学会元理事長 (2016-2019年) 一谷 幸男

 生理心理学(physiological psychology)は生理学的な方法を用いて、心のはたらきや行動の仕組みを解明しようとする実証的な科学です。その研究手法は多岐にわたりますが、当初は動物の脳を刺激したり損傷したり、あるいは薬物を投与するなどの生理学的変数操作にともなう行動や反応の変化から、行動のメカニズムに迫ろうとする動物実験が主流でした。しかし、そのような手法を人間に適用することは困難でした。その後、様々な非侵襲的な生理学的計測方法の発展とともに、それらの方法を用いて行動を操作した際の生理学的変化から行動のメカニズムを解明しようとするアプローチが盛んに行われるようになり、精神生理学(psychophysiology)と呼ばれています。いずれのアプローチにおいても、行動の背後に中枢過程が存在することが仮定され、中枢過程の作動状態をも含めて行動の仕組みを解き明かそうとする取り組みが益々活発に展開されるようになりました。
 本学会(日本生理心理学会)の英語名称"Japanese Society for Physiological Psychology and Psychophysiology"にも、このような研究手法の特色が反映されており、感覚、知覚、注意、意識、睡眠、学習、記憶、情動、動機づけ、言語などの認知的諸機能や、子どもの発達、精神疾患、犯罪、スポーツなど幅広い分野において、生理心理学的研究が拡がってきています。
 本学会の起源は、当時の東京教育大学・岩原信九郎教授の呼びかけで1968年に開催された第1回「生理心理学懇話会」にまで遡ります。第1回懇話会の参加者は31名で、その後も年に数回開催されましたが、1970年の第7回懇話会で早稲田大学・新美良純教授の提案により「生理心理学・精神生理学懇話会」と改称されました。さらに、1982年ノートルダム清心女子大学で開催された第21回「生理心理学・精神生理学懇話会」総会において、懇話会代表であった関西学院大学・宮田 洋教授から「学会創設」が提案され、「日本生理心理学会」が発足しました。翌年1983年には「第1回日本生理心理学会」が(現)つくば市の製品科学研究所で開催され、学会誌「生理心理学と精神生理学」が1983年12月31日に創刊されました。学会誌では、原著論文、短報、テクニカルノート、評論、討論を邦文・英文のいずれであっても受け付けており、現在は毎年3号を刊行しています。
 創設時の会員数は、1984年6月時点で正会員174名、学生会員46名、賛助会員10名、合計230名でしたが、2017年4月時点では会員数も582名(正会員467名、学生会員92名、賛助会員6名、名誉会員17名)と大幅に増加しています。学術大会においては、大学院生や若手研究員の発表や討論が活発で、懇親会にはいつも若い研究者の方々が多数参加されて議論が盛り上がるのが本学会の特色といえましょう。また、若手研究者の研究を奨励するため「日本生理心理学会優秀論文賞」を設けて、前年度の機関誌掲載論文から優秀論文を選考して表彰しています。
 2014年9月には、広島国際会議場において第17回国際心理生理学会議(17th World Congress of Psychophysiology, IOP2014)が開催されました。この国際会議がアジアで開催されるのは初めてのことでした。さらに2016 年の18回会議(IOP2016,キューバ)では、日本生理心理学会が国際心理生理学機構(IOP)の連携学会(affiliated society)として正式に承認されました。これらをきっかけにして、わが国の生理心理学・精神生理学の発展と、本学会の国際的な活躍が今後益々期待されています。
 多くの研究者や大学院生の本学会への加入をお待ちしております。

過去の理事長挨拶
2019-2022年 日本生理心理学会理事長 坂田 省吾

 日本生理心理学会の誕生までとその後の歴史については別ページに詳しく記載されています。日本生理心理学会は機関誌『生理心理学と精神生理学』をJ-Stageで公開しています。学術活動については毎年開催される学術大会と学会誌を中心に発展させて行きたいと考えています。若手会を推進力とした若い世代に期待をしています。編集委員会が中心となって会員向けにニューズレターも発信したいと希望が出ていますので,これも早く実現したいと考えています。会員皆さんからのお知恵を拝借したいと思いますので,編集委員会あるいは事務局宛にドシドシとご提案下さい。すべてが実現できる訳ではありませんが,風通しのいい学術的議論ができる場を提供できればと希望しています。「基礎と応用」が手を取り合って「生理心理学と精神生理学」について忌憚なく話ができる場として生理心理学会があると考えます。心のはたらきや行動の仕組みを解明しようとする実証的な科学の推進のためには研究者相互の理解が不可欠です。そんな場所が提供できる学会でありたいと願っています。生理心理学に関心のある研究者が多く集える場所であるように、皆さんのご協力をよろしくお願いいたします。

2022-2025年 日本生理心理学会理事長 片山 順一

 日本生理心理学会は,「生理心理学、精神生理学並びにこれと関連する領域の進歩発展を図ることを目的(会則第3条)」とし,機関誌『生理心理学と精神生理学』およびニューズレターの発行,学術大会の開催を中心に活動しています.機関誌はJ-Stageにて,また,ニューズレターは本サイトにていずれも無償で公開しています.ぜひご覧ください.

 1983年に発足した本学会は40周年を迎えました.しかし,「日本生理心理学会について」に詳しく述べられているように,本学会は1968年から続いた懇話会時代に支えられています.学会の発足にあたり,初代運営委員長(今の理事長)である宮田 洋先生は機関誌第1巻に「日本生理心理学会の誕生について」を寄せています(宮田,1984).そこには,

「1968年の第1回生理心理学懇話会は,見事にまとまった研究成果の報告もよいが,むしろ研究の舞台裏を他人に見てもらうような自由さを求めての発足であった。この自由さはそれ以来,今日に至るまで私たちが大切に伝承してきたもので,懇話会から学会へと発展した現在でも決して失なってはならない特色である。学会形式を否定して生まれた懇話会から否定した形式をもつ学会が誕生することは,学会形式そのものの欠点を改善しなくては矛盾した行為であろう。(p.44)」

と記されています.昨今の業績主義ではこのようなのんびりとした議論は好まれないかもしれませんが,ただ昔が良かったというつもりではありません.我々の領域では特に,論文を読んでも書かれていない種々のノウハウが,研究を進めるうえで非常に重要です.歴史のある研究室や身近に教えを乞うことのできる人は気づかないかもしれませんが,新たにゼロから研究を始める人たちにとって,このハードルは思いのほか高いと感じています.学術大会ではアカデミックな会場での議論だけでなく,非アカデミックな場でのこのような語らいは非常に重要であると感じており,引き続き,舞台裏も含めた自由な議論が続けられる環境を守ってゆきたいと思っています.

 本学会のもう一つの特色は若手研究者を大切にすることにあります.私自身も本学会には大変お世話になり,大げさでなく,この学会に育てられたと感謝しています.役員をしているのもその恩返しと思ってのことです.引き続き,若手研究者が伸び伸びと楽しんで研究を続けることのできる環境整備を続けたいと考えています.

 宮田(1984)は上の文章を以下のように結んでいます.

「私たちの学会は若いが大きく飛躍する力を秘めている。自由に学的交流ができる素晴らしい学会になるよう会員の一人一人が努力してほしい。(p.44)」

私たちの学会はもはや若いとは言えませんが,今の学会を享受するだけでなく,さらに素晴らしい学会となるよう,ぜひ皆様のお力をお貸しください.

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